ドリームメール通信
大村崑さん

1000万円夢トーク「夢はほとんど叶えました。そのベースにあるのは笑いです」

 「大抵の夢は叶えちゃったから、急に1000万円の使い道と言われても、すぐに思い浮かばないなぁ…」と、初端からまさに大物!と思わせるコメントをくださったのは、昭和の国民的大スター、大村崑さん。これまでの喜劇役者としての長い人生、多くの人々に笑いを届け、自身もその笑いを糧に、運を引き寄せ、歩んで来られたのだと話します。そんな方の言葉からパワーをもらって、ぜひあなたも「現金1000万円プレゼント」にチャレンジしてみてください!
第8号 大村崑さん Profile
1931年神戸市生まれ。53年、大久保怜氏に師事し、司会の勉強をした後、57年、大阪北野劇場専属コメディアンとして舞台に立つ。58年、民放テレビ開局と同時に「やりくりアパート」でデビュー。以後、「番頭はんと丁稚どん」「とんま天狗」等で爆発的人気を得、オロナミンC、ダイハツミゼットのCMなどで国民的タレントとしての地位を確立する。80歳を過ぎた今も、年に1、2ヶ月の舞台活動やテレビドラマの出演を中心に、幅広く活躍を続けている。  

大村崑さんの夢トーク

夢は役者に漫才師。人を楽しませることに目覚めたきっかけ

 
- 大村さんは、子どもの頃はどんな夢を持っていたのですか?
 
 僕は、当時神戸の中心的な繁華街だった、新開地という地で育ちました。家が比較的裕福だったため、ご贔屓として父親と一緒に近所の芝居小屋の楽屋に出入りしていたのですが、そこで役者さんたちに可愛がられ、4歳くらいで訳も分からず舞台にひっぱり出されていたのです。でも、おひねりが飛んでくるわ、お菓子やおもちゃがもらえるわで、幼いながらに舞台に立つことが楽しくなっていったんですね。それで自然と役者に憧れを抱くようになりました。しかし、戦争が始まり、日本は軍国主義の時代へ。学校で先生に将来の夢を聞かれ、正直に「役者になります!」と答えたら、すかさずバシーンッと殴られました(笑)。でも、その思いが消えることはなかったですね。大きくなるにつれて、先生にゴマをすることを覚えると、次第にクラスの中心的存在に。常に面白いことを言ってみんなを笑わせていたら、周りから「漫才師になれ」と言われるようになりました。それをきっかけに夢が役者から漫才師に変わり、いつしか本気でその道を目指すようになっていきました。
大村崑さん
 
- 役者も漫才師も、共通しているのは人を楽しませるということ。まさにそれが、大村さんの天職だったわけですね。
 

テレビ黎明期の爆発的人気の裏には、さまざまな苦労あり

 
- 大村さんといえばオロナミンCのCMが有名ですが、当時はどんな様子でしたか。
 
大村崑さん  僕は、19歳で肺結核を患い、右肺を切除しているんです。長くは生きられないと言われていたのですが、夢を叶えようと司会業を学び、その後北野劇場の専属コメディアンとして舞台に立つようになりました。人気の高まりとともに、テレビにも出るようになりましたが、体はガリガリ、常に顔色が悪く、口紅と頬紅が欠かせません。そんな僕に舞い込んだのがオロナミンCのCM。「元気ハツラツ」なんて言いながら死んでしまったら大問題じゃないですか(笑)。だから僕は断り続けていたんですよ。でも、断るたびに出演料のケタが上がっていって……最後には女房が「やらせて頂きます!!」なんてOKしてしまいました(笑)。CMは大当たりし、僕の名前と顔はまさに全国区に。寝る間もないほど仕事に追われる日々になり、ガードマンが6人も付きましたよ。あんな生活をしてて、よく死ななかったと思いますね。
 
- 大ヒットCMの裏にあった秘話に驚きました。ガードマンが6人もついたなんて、今の時代では考えられないほどの人気ぶりだったのですね。
 

日頃の継続的な努力の向こうに、運がある

 
- 喜劇役者としての長い人生の中で、さまざまな運に巡り合ってきた大村さんが考える、運をつかむための極意とは?
 
 子どもの頃には先生に殴られ、舞台に立つようになったら仲間からのいじめにあったりと、僕の喜劇役者としての人生にもいろいろありましたが、結果的に日本喜劇人協会の会長にまでなれたのは、いい友達に恵まれてきたからだと思います。そんな運をつかむためには、日頃の継続的な努力が大切。僕も、人前に出たら大村崑になりきり、常に細かい笑いのジャブを出しながら、本質を見極めています。それには、体力も必要。睡眠をしっかりとり、肺活量を保つためのトレーニングは欠かさず行っています。一方で、自分に自分で「元気ハツラツ」と暗示をかけることも大事ですね。でも、僕は宝くじはもちろん、年賀状のお年玉くじすら当たらないんですよ。ただ一つ自慢できるとすれば、晴れ男っていうところ。僕が現場に入る日は絶対に晴れると評判なんですよ。
大村崑さん
 
- 運は努力の賜物。成功者の言葉には重みを感じました。たくさんのお話を聞かせていただき、ありがとうございました!
 
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夢を掴んだ人に聞く!ホンネ意識調査

大村崑さんの「1000万円が当たったらこうしたい!」

  ぎんさんは本当に面白い人でした。そしてその4人の娘さんもみんな面白くて元気。面白い人、笑いを大切にしている人の方が長生きするんですよ。それは自分の周りを見ていても実感しますね。長生きできないと言われていた僕が、80歳を過ぎてもこうして元気でいられるのは、笑いのおかげ。僕にとって笑いはビタミンですね。僕は102歳の秋まで生きて、コスモスに囲まれながら、とんま天狗の音楽をバックに、赤い霊柩車に乗って出棺するのが夢。それを実現するためにも、この先もまだまだ、元気に老後の人生を過ごしていきたいですね。  
大村崑さん
老後のために貯めときます!(笑)
  え?もう十分老後だって?(笑)これ、かつて国民的人気を誇った、100歳超の双子の老姉妹、きんさんぎんさんの、ぎんさんの言葉なんです。とあるイベントで僕が司会をして、お二人がゲストで登場したのですが、その時僕が「出演料は何に使うのですか」とたずねたら、ぎんさんが「老後のために貯めてます〜!」って答えたんです。もう会場はドッカーンと大爆笑。100歳超えているのに老後ですよ。面白いでしょ。これを聞いたとき、いつか僕も使ってみたいと思っていたのですが、遂に念願のその時が来ました!(笑)  
大村崑さんニュース
  大村崑さんの初の自伝「崑ちゃん ボクの昭和青春譜」が、文芸春秋より発売中。波乱万丈の人生についての話や、抱腹絶倒の芸能秘話など、今だから明かせるエピソードや秘蔵写真がたっぷり詰め込まれています。古き良き昭和の時代に思いを馳せながら、大爆笑できる1冊。ぜひ、読んで笑って元気人に!

「崑ちゃん ボクの昭和青春譜」書影

 
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